痔闘病記 神戸・大阪編

1-15:僕は排泄ができない

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前回までのあらすじ
麻酔切れの痛みを、モルヒネの筋肉注射で乗りきった俺。 あとは痛みが去るのを待つだけかと思ったが、、、甘かった。

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休むことなく襲い掛かる激痛を、外資系で鍛え上げたそのメンタルタフネスをまったく駆使することなく、モルヒネの力で無事乗りきった俺。
ほとんど眠ることなく次の朝を迎えた。

俺は四人部屋の窓際のベッドをあてがわれた。
小さな小窓から朝日が差し込む。
麻酔が切れてからもう8時間ほど経っただろうか。
肛門の痛みは少しずつとはいえピークを過ぎ、モルヒネを打たなくても我慢できる程度になっていた。
腰椎麻酔のせいで、まだ下半身は自分ではほとんど動かせない。

しかし、時は無常に流れる。
俺は順調に、トイレに行きたくなってきたんだ。

手術の前から絶食をしていて、そのあとも点滴で栄養を補給していたが、何も食べなくても排泄はしないといけないことを俺はすでに学んでいた。自力でトイレに行こうとしたが、足が麻痺してうまく動かせない。
何度もいうが、困ったときはナースコール。
俺は慣れた手つきで、ブザーのコードを手繰り寄せ、ボタンを押し、トイレに行きたい旨を告げる。

看護婦さんが車椅子を持ってくる。
手術してから病室に戻るとき以来、人生二度目の車椅子。
動かない両足を看護婦さんに預け、俺は見事に這いつくばって、車椅子に転がり込む。
そのとき、俺の頭を、カフカの「変身」の冒頭がよぎったという

病室から100メートルほど離れたところにある、車椅子用トイレの個室に入り込む。
看護婦さんの助けをもらいつつ、レバーを握り締め、便座に腰を下ろす。
看護婦さん「大丈夫ですか?トイレ、助けいりますかね?」
俺「ひとりでできるもん♪
どんな複雑なプロジェクトも前に推し進めてきた俺には、トイレなんて簡単なタスクなはずだ。

「終わったら、またナースコールで教えてくださいね」
看護婦さんはネクストステップを俺に告げると、ナースセンターに戻る。
俺は車椅子用トイレに一人になった。

「まずは、小さいほうからといきますか」
俺はズボンを下ろすと、まずは手術とまったく関係ないほうであるほうの排泄作業を始めた。

「ぬあぁぁぁーーー、いてえじゃねぇかーーーーー!!!!!」
その刹那、俺の悲鳴がトイレの青白いコンクリートに吸い込まれていく。
「肛門括約筋、またお前か」
人類は小さいほうの排泄の際にも、肛門括約筋を見事なバランスで使っていることを俺はこのとき学んだ。
トイレトレーニングを積んだ赤ちゃん、君たちは偉い。

やっとのことで排泄第一弾をなんとか終わらせ、俺は肩で息をしている。
しかし、ここからが本番。
今度は手術と関係あるほうの排泄作業を始めなければならない。

肛門にメスを入れて、一部を断ち切り、ゴム管を通しているのだ。
普通の切り傷にシャワーを浴びるだけでも水が滲みて痛いのに、肛門が切り裂かれた上を排泄物が通過する。
たぶん、人間を創造した神様もこんなシチュエーションは予想してなかったと思う。
どう考えても痛そうなんですけど。

弱気になる俺を、肉食系の俺が叱り飛ばす。
「ナポレオンも乗り越えた痔だ。今まで何千万人、何億人も通り抜けてきた道。お前にできないはずはない」
たしかに、痔で苦しんできた人は累計すごい人数になるはず。
しかし、痔の手術跡の排泄が痛くて死んだ人なんで聞いたことない。
ひょっとしたら肛門は神経が少なくて痛くないのかもな。

俺は見事なハイポシシスを思いつくと、清水の舞台からあっさりと飛び降りてみた。

「いでぇぇぇぇーーーーーー。しぬーーーーーーーーー!!!!!!!」

俺の排泄史上、最高激痛だった。
傷口に塩を塗っているどころでない。
こちとら、傷口にうんこ塗っているんだ!

「あぁぁぁっぁぁぁぁーーーぁ!!! ぐぬぉぉぉぉぉーーーー!!!」

「一回やり始めたら、最後まであきらめちゃだめだよ」
いつも的確なアドバイスをくれる父の顔が頭をよぎる。

「ぐぁぁぁぁぁーーーー!!! ふんなぁぁぁーーーーーー!!!!」
今度こそメンタルタフネスを発揮するしかなかった。
俺は全身の筋肉に力をこめ、この歴史的大事業を終わらせようとする。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
やっと流れ落ちたようだ。
流れ落ちる汗を袖でぬぐいながら、便器に視線を落とす!

「!!!!!!!!!!!!」
真っ赤だった。

もはやどこが、排泄物か、血液なのか区別がつかないほど、鮮血が陶器に拡がっている。

「こんなところにも、レッドオーシャンがあるとはな。」
血を血で洗う眼下の光景に、つぶやかずにいられなかった。

・・・・・

なんとか排泄を終わらせた俺は、今度はふき取る作業にはいる。
トイレットペーパーを手に巻きつけそっと吹き始める。
ペーパーには血ばかりがつき、何をふき取っているのか、という根本的な疑問が首をもたげる。
拭くというよりも、タッチするという、これまた排泄史上、最高に優しい洗浄を行う。
しばらくすると、俺の右手に、いつもと違う感触が伝わってきた。
なんだか硬い。
「ゴム管だ!」
俺の肛門には、先生の説明にあったゴム管(第12話:尻にピアス参照)が埋まっていた。
こいつは、これから半年間、俺と生死を共にする存在になっていく。まさに一心同体。
この後、このゴム管は、ジェダイとライトセーバー、新一とミギー、天下一品のこってりとチャーハン、のような存在になっていく。

・・・・・・・

全てが終わり、ナースコールで看護婦さんを呼び、俺は病室にもどる。
俺はすでに軟便剤を処方されていたのに、こんなに排泄がつらいとは。
俺は、トイレの中での格闘の一部始終を、克明に若い看護婦さんに、手振り身振り伝える。
看護婦「大変ですよね。もう少しよくなったら坐浴できますよ。(浴槽のようなものにお湯をはり、お尻を浸すこと。血行もよくなる治療。」
俺「でも、今でも大変なのに、退院して軟便剤がなくなったらどうしたらいいんですか?」
看護婦「代わりにコーラック使ってもらってもいいですよ。」
俺は、そっと退院後のダイコクお買い物リストにコーラックを付け加えた。
これが更なる惨事を巻き起こすが、これは別の話。別のときに話すことにしよう。

・・・・・・・

入院中は、肛門の痛みと、排泄の痛みに耐える日々だった。
俺はランス=アームストロングの自伝を読み、彼よりはましと自分を慰める日々。(彼の自伝は、闘病生活にマストでは、と思うほど壮絶だ)
この痛みにまったくなれることなく、次の週の月曜日を迎えた。
先生「出血は続きますが、もう退院して大丈夫です。これから二週間ごとに来てくださいね。」

いよいよ、キングの帰還のときが来た。

(来週に続く)

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◎今週のQ&A
ブログへの訪問ありがとうございます。いよいよ退院して、来週からはオフィス生活の話に戻ります。
では早速今週のQ&Aに。

#1「『困ってる人』、を読んだことありますか?」
これはブログをはじめて一ヶ月ほどしたときから既に数名の人に言われたことです。私はその本の存在をまったく知らなかったのですが、今週末マレーシアにダイビングに向かう途中で、同行者に借りて一気に読みました。大野さんという20代の女性が突然に日本でもほぼ前例がない難病にかかってからの日々を書いた本です。 
たしかに読んでいくと大変似ているポイントが三点あります。1) 身に起こる様々なことを無駄に横文字とか使って面白く描写しようとする点、2)ブログ、Twitterなどを中心に拡散している点(彼女はそして出版しています)、3)おしりに苦しんでいる点、です。
私と違う点は、1) 難病のレベルが桁違いであること、2)彼女のブログは読むと大変ためになるが、私のブログは多分ならない点(笑)、でしょうか。 
私自身、12歳のときに急性腎炎の疑いで一ヶ月ほど入院し(結局ナットクラッカー症候群というものだったらしいです)、腎臓移植を小学生ながら本気で考えた過去があり(治療費用が莫大なので、子供ながらに悩む)、こういう方が保険などで悩む姿はどうにかならないのかな、と思います。 皆さんも機会があったらぜひ読んでみてください。

#2「イギリス人も痔の手術するらしいです」
これは友人からもらった情報です。先週のエントリーで、外国人は手術しないことも多いようです、と言いましたが、イギリス人は基本手術で治すらしいです。私はどちらかというと、その友人(20代女性)がどうやってイギリス人からその情報を入手したかに興味がわきますが。
ちなみに、私がうけたシートン法(痔管にゴムを通し徐々に肉を切る方法)の由来は、古代インド人らしいです。
現代のグローバル社会を席巻するインド人のメンタルタフネスが、このエピソードからも伺えますね。

では今週もいい一週間をお過ごしください。

4 Comments

  1. はじめまして。毎週面白く拝読させてもらっております。
    わたしは現在の茂○さん部下で、彼からこのブログの存在を教えていただきました。早速わたしの家族にも教えたところ、「ま痔うける~」と盛り上がっておりました。
    ところが、それから1週間後。その家族のお尻に異変が起き。。。大阪在住の我々の脳裏に真っ先に浮かんだのは・・・黒川。翌日には病院に駆け込み、治療してもらいました。
    その際に、「この病院のことは、どこで知りましたか?」という認知経路に関する看護師さんの質問に、「いま、痔に関する有名なブログがあり、そこで黒川病院が紹介されたので~(後略)」という(その他)欄に特記される認知経路をお伝えしたところ、看護師さんは「そうなんですか~。知りませんでした~。」とのことでした。
    しかし、我々と同じような人が今後もきっと増えるのではないかと思います。この調子で認知経路のnが増えれば、病院からキックバックもあるかもしれませんね。。。ブログにありましたように保険適用なく、簡単な診療にもかかわらず多額のご請求を頂きました。
    それはさておき、このブログで事態を未然に収拾できましたこと、御礼申し上げます。今後の展開も楽しみにしております。
    取り急ぎ、御礼まで。

  2. ふんどしさん
    メッセージありがとうございます。
    > 消費税増税と痔は関係ありますか?
    痔民党の出方次第でしょうね。

  3. 茂○さんの部下さん
    メッセージありがとうございます。
    > わたしは現在の茂○さん部下で、彼からこのブログの存在を教えていただきました。
    なんと!私は茂○さんには入社以来お世話になっておりました。 ぜひぜひ職場の皆さんとランチでも囲みながら、ご家族と夕食を食べながら、楽しんでくださいね!
    > 大阪在住の我々の脳裏に真っ先に浮かんだのは・・・黒川。翌日には病院に駆け込み、治療してもらいました。
    治療、無事に済んだようでよかったです。肛門科は恥ずかしい気持ちがでてしまい、なかなかすぐにアクション移せない方が多い中、アジリティーのある対応、さすがです!本当によかったですね。
    > しかし、我々と同じような人が今後もきっと増えるのではないかと思います。この調子で認知経路のnが増えれば、病院からキックバックもあるかもしれませんね。。。ブログにありましたように保険適用なく、簡単な診療にもかかわらず多額のご請求を頂きました。
    そうなんですよね。保険の点数によって、いざというときに実はサポートがでなく、それが怖くてより一層足が遠のくという悪循環。 これで痔ろうがレベルIVの段階までいってしまったら元も子もないですからね。私はこの痔の一件から、より初期の段階の治療を気軽に受けることができ、軽度の段階で済ませることができるほうが(予防的な措置も踏まえて)、国民全体の医療費を減らせるような気がしています。
    それはさておき、黒川診療所の方にも読んでいただいて、患者の方にも読んでいただいて、もっと知識が一般的なものになればいいですね!

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