痔闘病記 神戸・大阪編

1-14: 女神なのか、悪魔なのか?

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●前回までのあらすじ
肛門手術(シートン法)を、腰椎麻酔とラマーズ法で乗り越えた俺。 手術は思いのほか簡単に済んだかに見えたが、、、
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予兆はあったんだ。

手術が終わり、部屋に戻ったのは午後五時ごろだった。
俺の尻には、しっかりとゴムが輪の形になって埋め込まれているのだが(12話「尻にピアス」参照)、黒川肛門診療所とともに関西にその名をとどろかす大阪北逓信病院、その腕は卓越したものであった。
肛門を下にして仰向けに寝ることは、俺のような痔のエキスパートにとってもチャレンジングなものであるのだが、何の問題もなく仰向けができる。痛みはない。全ては順調だった。

病院の夜は早い。
9時に消灯。手術前後は食事を断つので、点滴で栄養を補給した俺はそっと目を閉じる。
瞼の裏には、肛門が無事一つに統一され、颯爽とプロジェクトチームをリードする俺が映っている。
「みんな、あと四日の辛抱だぞ」
俺がいないなかブランドを守るチームのみんなが目に浮かぶ。使命感に体がほてっているようだ。
俺は眠りについた。

そう、そのほてりがサインだったんだ。今の俺なら読み取れる。
ほてりは、肛門界のニイタカヤマノボレ、ってね。

第一波は夜11時ごろにやってきた。
突然熱を帯び始めた臀部に異常を察し、俺は身を翻して起きようとする。
「いてぇー!!!」
声にならない、鋭い叫びがこぼれる。
脂汗がにじみ出る。
臀部の谷間に、未だかつて、俺の肛門人生で経験したことがない痛みを感じていた。

「負けそうなときは、人の二倍努力するんだ」
遠のく意識のなか、父の教えを思い出す。
さすが俺の父の教えだ。見てるか父さん!
あなたの息子は、人の数倍、肛門の痛みに耐えてるよ。
精神力が肛門括約筋を越える時だってあるんだ。心頭滅却すれば、痔もまた涼し、というじゃないか。

精神力のみで俺はなんとか第一波を押さえ込み、再度眠りに落ちる。

しかし、奴らは執拗だったんだ。
一時間と待たずに、第二波が俺を襲い掛かってきた。

「ぐぁぁぁぁーーーー」
漆黒の病室に響き渡る俺のうなり声。
規則正しいリズムを刻みながらも、大きく揺れる点滴のニードル。
痛みのあまり、小刻みに震える、俺のヒップ。
肛門の痛みの前に、俺はあまりにも小さな存在だった。

朦朧とする意識の中、俺は病室に帰るときに聞いた看護婦さんの言葉を思い出す。
「何か異常があったら、すぐに押してくださいね」

「そうだ。ナ、ナースコール・・・」
俺は震える手で、ナースコールのケーブルを手繰り寄せる。
あまりに痛さに目すら霞んできやがった。
一度、二度、三度。
最後の力を振り絞り、俺ははじめてナースコールを押してみた。

俺は知らなかったんだ。
ナースコールはすぐに看護婦さんが来るのでなく、まずはスピーカーで応対するということを。
病室に機械を通した甲高い声が響き渡る。
看護婦「はい、どうしました?」

こ、これは!
どうした、って言われても、困るではないか。
この部屋には俺以外に三人が、寝ている。ぜひ察して欲しい。
俺があんなセリフ吐けるわけないじゃないか。

沈黙する俺に、看護婦さんが言葉を続ける。
看護婦「どうしたんですか? 何かトラブルですか?」
あぁ、トラブルというか、なんというか、すっごいことになってるんだ、看護婦さん。
この苦しみを伝えたい。しかし、羞恥心が俺の邪魔をする。
同時に、もう一秒の猶予もないのは自明だった。

大きく息を吸い込むと、俺は声を張り上げ、沈黙を打ち破ってやった。

「看護婦さん、お尻が、僕のお尻が、燃えるように熱いんですー!痛いんですー!」

<数分後>
一分が一時間にも感じられた。
銀色のパレットに処置道具を入れて看護婦さんが訪れる。
カーテンをめくり、看護婦さんが俺の傍らに立った。
俺は言葉を尽くして、俺の肛門の、今そこにある危機を語る。
話を聞きゆっくりうなずくと、看護婦さんは俺に告げた。

「麻酔が切れたんですね。眠れるように、モルヒネを筋肉注射しますね。」

モルヒネ? 麻薬?
しかし背に腹は変えられない。
俺の肛門の痛みは、すでに人類が未だ感じたことのないレベルに達していた。(と思う)
俺は震える手でOKサインを下す。

「モルヒネよ、お前が俺を連れて行くのは、肛門界の女神なのか、悪魔なのか?」

うわ言を唱える俺の、上腕がめくられる。
モルヒネが充填された注射の針が鈍く光る。
針が皮膚を貫く。
俺の筋肉にモルヒネが流れ込んでいく。
肩から二の腕に掛けて、信じられないほどの激痛が走る。
俺は看護婦に、そして神様に言ってやった。

「ザッツ サディスティックー!」

・・・・・・・・・・

モルヒネは効果覿面だった。
肛門の痛みを抑えるために、腕に筋肉注射をするのは、核弾頭に核弾頭を打ち込むような衝撃だったが、五分ほどたつと肛門の痛みが去っていく。戦いに勝利した俺は、眠りに落ちていく。

・・・・・・・・・・
「ぐぁぁぁぁーーーー」
一時間後、再び、漆黒の病室に響き渡る俺のうなり声。
そう、モルヒネは一定の時間しか効果がもたなかったのだ。
困ったときにはナースコール。ここ大阪北逓信病院での一番のラーニングだ。
「モルヒネ、お願いします。」 
もう手馴れたものだ。
看護婦が訪れる。
腕がめくられる。
針が入る。
「ザッツ サディスティックー!」

・・・・・・・・・・

この肛門が痛む→モルヒネを筋肉注射で激痛→眠る→肛門が痛む→モルヒネを筋肉注射で激痛、は我々の中では、痔獄の永遠ループと呼ばれている。

・・・・・・・・・・
三回目のモルヒネを打たれ、眠りに落ちる。
しばらく痛みを忘れ、つかの間の安眠だ。
空が明るくなってきた。
窓から日差しが零れこむ。
新しい朝がやってきた。

俺の入院二日目が始まる。

(次回に続く)

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今週のQ&A
今週もみなさんブログを訪問いただきありがとうございました。
闘病記も佳境にはいり、少し痛い表現も多くなってしまいますが、ぜひご家族・同僚と手を取り合って読んでいただけると幸いです。

今週のQ&Aは、「痔は日本人特有の病気なの?」です。
韓国人の方を含めて話しているときに話題になったのですが、結論からいうと人種関係ありません。
第5話「いざ肛門科」でも述べましたが、痔は、二足歩行という肛門が腸よりも低くなる生き方を選んだ、人類共通のリスク。一説ではアメリカ人の8割は痔、というレポートもあるように万国共通の病気です。
ただし、他の国の方は痔でも、我慢したり、薬で散らしてしまうことも多いようです。
私が人生を謳歌しているここシンガポールでも、薬局・漢方薬の店では「痔」と大きく書かれている薬が売られています。私のいきつけは、チャイナタウンの漢方薬屋さんなので、私を見かけた人は声を掛けないようにしましょう。

外国人で一番有名な痔の人は、ルイ14世とナポレオンでしょう。
ルイ14世は、当時の健康法の一種、「浣腸」を頻繁に行い、その影響で深刻な痔ろうになってしまいました。当時は麻酔がなかった時代、ルイ14世は果敢にも手術に挑み無事完治させてしまいました。手術直後に痛みに耐えながらも笑顔を振りまいた、とも言われるルイ14世。好感度急上昇ですね。

もう一人はナポレオン。若くして天才的な戦術を駆使し、ヨーロッパの頂上を極めたナポレオン、彼は20代から痔に苦しんでいました。「いつも青ざめた顔をしていた」と描写されるナポレオン、きっと痔がつらかったのでしょう。 最後の復活をかけたワーテルローの戦いでは当初優位に戦局を進めながらも逆転負けを喫してしまいます。痔の痛みに耐えかねて戦術でミスを犯した、という説もあり、「ナポレオンのお尻が正常だったら、ヨーロッパの国境線は異なっていただろう」とも痔界の一部では言われています。

太陽王ルイ14世と、皇帝ナポレオン。
英雄になるためには痔はマストアイテムのようですね。

では、みなさん今週もよい一週間を。

4 Comments

  1. 週明けを飾る清清しいブログをいつも楽しみにしています。
    ところで、質問というか、疑問なのですが、
    アナ痔の原因が下痢だとすると、慢性の下痢が治らない場合、異なった場所から穴々が発祥するのではないでしょうか?
    先日、何故腸や膀胱が肛門等から出るのは同情され、痔の場合は笑われるのだろうと真剣に考えてしまいました。これからも、痔持ち地位向上へのご活躍を期待しています。

  2. ニイタカヤマノボレwww
    何と小洒落たジロガーさんでしょう!更新頑張って下さい!

  3. Usaanさん
    > 週明けを飾る清清しいブログをいつも楽しみにしています。
    はい、みなさんの月曜日が清清しく、笑顔に満ち溢れるといいなぁ、と思っています!
    > 先日、何故腸や膀胱が肛門等から出るのは同情され、痔の場合は笑われるのだろうと真剣に考えてしまいました。これからも、痔持ち地位向上へのご活躍を期待しています。
    やはり、違っていること=間違っている、と画一的に捉えてしまう戦後教育が原因かと思われますね。おしり以外に穴があってもいいじゃないか、という啓蒙活動が求められます。
    ちなみに、軽くブログでも触れましたが、泌尿科にも肛門科にも通ったことがあるのですが、シンプルに恥ずかしい、という気持ちから言いづらくなり、なおさらレア扱いされるという悪循環を感じます。積極性がありながら主体性がない日本人の性格を考えると、健康診断などで言い訳を与えつつちゃんと検査するほうがいいと思います。

  4. Hiroさん、
    メッセージありがとうございます。
    > ニイタカヤマノボレwww
    > 何と小洒落たジロガーさんでしょう!更新頑張って下さい!
    「俺の肛門に、トムキャットが突き刺さった」などのフレーズも準備していたのですが、さすがに不謹慎な気がしたので、キイタカヤマノボレにしておきました。 将来は、出版して、ジローラモさんに帯を書いてもらえたら、ジロガー冥利につきます。

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