痔闘病記 シンガポール編

第二部 シンガポール編 最終話:あな痔を閉じて、町へ出よう

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◎前回までのあらすじ
卓越したコミュニケーション能力を活かして、チャイナタウンでの痔ろう(肛門周囲膿瘍)の切除を見事に成し遂げた俺。 いよいよ完治は目前と迫っている。
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2011年5月、週末に切除処置を終えた俺は、オフィスに輝かしい帰還を果たした。
月曜日の朝に、俺は病院を紹介してくれた加納さん(仮名)をハドルルームに呼び、詳細をアップデートした。
中国語を話す医者のこと、肛門の写真をたくさんとられたこと、1200ドル払ったこと。
「おぉ、ほんまにいったんかぁ。 気になってん、あの病院。 お前くらいしか痔のやつ知らんからなぁ。 ほんまよかったなぁ。」
怪しげな肛門科への好奇心が満たされた加納さんの表情は、プライシング、ディストリビューションストラテジーを俺と話す時よりも嬉々としており、まるで地上に舞い降りた堕天使のようであった。

人間がコンピュータと違う点は、忘れるというスキルを持っているということである。
人は過去を美しいものへと変え、忌まわしい出来事は忘却の彼方に放つ。
俺の痔再発も、その例外ではなかった。

5月、6月はオフィスのホワイトボードというホワイトボードを使って、痔の解説を会社の同僚にしていた俺だが、一通りみんなに話し終わってからは次第に話題に上ることも少なくなっていた。 普段の俺たちは、ブランディングエキスパート。 ホワイトボードに上に書かれる内容も、肛門の図解から、広告のコピーボード、プロフィットフォーキャストなどへと置き換わっていった。 もはや、痔の名残は、俺の肛門に朝と夜に押し込まれる、スキンケア用のコットンくらいなものだった。(切開したため、出血はわずかながら続いていた)

そして、社外では、俺はビュティーケアの外資系ブランドマネージャーとして通っている。痔であることは極秘だったので、社外ではその時、誰も知らなかった。

そんな冷静な日々を取り戻しつつあった7月に、小さな事件は起きた。
シンガポールの恵比寿と言われる、Robertson Walkで食事をとり、家の方向が同じ後輩の石田くん(仮名・男性)と俺はタクシーを待っていた。その5メートル先に、シンガポールの社外の友達、杉下さん(仮名・女性)を俺は目にする。 自然と三人で一緒に乗りあって帰ることになった。
石田くんと杉下さんは初対面。 
シンガポールの夜は涼しい。 俺は窓から入る風に髪をなびかせながら二人の自己紹介の会話を微笑ましく聞いていた。
石田くん 「はじめまして。えっと、僕は石田って言います。」
杉下さん 「今日はタクシーありがとうございます。杉下です。私、タンジョンパガーなのにすいません。」
石田くん 「いえいえ。」
杉下さん 「お二人は先輩、後輩の関係なんですか?」
石田くん 「はい。 ところで、杉下さん、先輩って、痔なんですよ。知ってましたか?」
杉木さん 「え、、、」

い、石田! ちょ、ちょっと、おまえ!

石田くん 「あ、知らなかったんですか? 先輩、4月に痔が再発して、今お尻から血を流して生活してるんですよ。」
杉木さん 「、、、そうなんですね。」

ブランドエクイティーは育てるのに時間はかかるが、一瞬で破壊することもできることを俺はこの時学んだという。
読者のみんなも、パーソナルブランディングをするときには留意してほしい。

<数日後>
杉下さんは、俺に人間の善意というものが、海よりも深いことを教えてくれた。
数日後から、俺の携帯のSMSに、彼女からのメールがたびたび入ってきたのだ。
「自転車レース出るって言ってたけど、サドルの摩擦でお尻ちぎれちゃわないかな。心配だよ。」
「スキューバダイビング行くって言ってたけど、水圧で肛門はじけちゃわないかな。心配だよ。」
「飛行機で移動するって言ってたけど、気圧で痔ろうが爆発しちゃわないかな。心配だよ。」

おそらく本当に俺を心配してくれている彼女のメールを読みながら、しかし、俺は大事なことを思い出していた。
そう、肛門周囲膿瘍は終わりのはじまり。腸から体外までを貫く、痔管は体内に残っているはずなのだ。(参照:第12話 尻にピアス
痔ろうは放置すると、体内で管が広がり、アリの巣のように分化していく。 
迷ったらGO。善は急げ。
俺は、再度、検査をすることにした。

前回の教訓から、今度は日本語が通じる病院に俺は行きたかった。 シンガポールの日本人がよく使っているという、森病院に俺は検査を申し込む。
依頼した検査内容は、「人間ドック」。健康に気を使ってるんですよ~、と見せながら、さらりと肛門の検査に持ち込む高度なストラテジーだ。

身長、体重から始まり、視力、聴力、バリウム、エコーなどの検査が進む。異常はなにもない。
しかし重要なのはそこではない。フォーカスは肛門なのだから。

ついに問診まで来てしまった。医者が俺に現時点での結果を伝える。
先生 「はい、今日はお疲れ様でした。健康そのものですね。今の時点で、何も問題なさそうです。」
ま、まずい! このままでは終わってしまう
先生 「何もなければ、今日は終わりにして、詳細な結果を後日送りますね。 何かありますか?」
すごいある! 今、言わなければ。 
俺 「あ、あの、先生。」
先生 「はい?」
外資系はコンクリュージョンファーストだ!
俺 「ぼ、ぼくの、肛門も見てください」

空いている肛門があったら、入りたい。そんな心境だった。

先生は極めて真面目な顔をし、俺から今までの経緯を聞き出す。俺は2009年の一回目の手術のこと、2011年に再び肛門周囲膿瘍と思われるものを切除したこと、などを伝えた。 先生は奥の部屋に入ると、シンガポール人の先生と看護婦数名を連れて帰ってきた。
先生 「この先生は、我々の病院の中で一番肛門・大腸に詳しい先生です。」
俺 「ナイスですね。」
muranishi

俺は森病院の幅広いキャパシティーに感嘆の声を上げる。

シンガポール人の先生は俺にベッドの上に横になるように告げる。
何度この風景を見ただろうか。 読者の皆さんにはお馴染みのシチュエーションだろう。
俺は痔の世界のデフォルトスタンダードと呼ばれる、くの字型の姿勢を取った。
看護婦に見られながら、俺の肛門の中に、シンガポール人の先生の指が侵入してくる。
痔管は体内にあるために、触診で確かめるのがベスト。 
勝負は常に真剣勝負。 Play to win, Anal to winだ。 俺は歯を食いしばって、恥辱と痛みを我慢した。

数分の触診が終わり、先生の指が離れ、俺はベッドから一歩ずつ足を下す。
シンガポール人の先生は、日本語でのコミュニケーションも可能だった。
そんな彼は、少しの間の後、俺に向かって口を開いた。
「はい、終わりました。大丈夫です。治っていますよ。」
え?治ってる? 信じられない俺はすぐにクラリフィケーションをする。
俺 「でもこのまえ、膿瘍を切除したので、痔管が残っていると思うんですが。」
先生 「触診しましたけど、痔管はないみたいですね。 痔ろうでも自然にふさがることもありますし。」

なんと。 そんなこともあるのか。
『あな切って、痔固まる』 。
古から伝わる諺の意味がやっと腑に落ちた瞬間だった。

<病院を出て>
人間ドックを受けた時には、すでに10月になっていた。
一年を通じて、25度を超えるシンガポールだが、10月は雨期に近づいているせいか、風が爽やかにも覚える。
いや、爽やかなのは、季節だけの問題だけではない。
俺の体から痔がなくなり、明日からなんにでもチャレンジできる気がする。
人の一生は、肛門に悩みを抱えて生きるには短すぎる。
4月の再発から半年。 2008年から三年。
痛みのある日もあった。 羞恥を覚える日もあった。
しかし、今なら言える、これも運命だって、てね。
そして、それを乗り越えることで俺は、1)チャレンジする勇気、2)人間の器と、3)肛門を、少しだけ大きくすることができたのだ。
そして、「痔の治療で休みます」と言ったら100%許してもらえる特権も同時に築かれていた。

「あな痔を閉じて、町へ出よう」
新たな決意が、自然と口からこぼれる。
シンガポールの夕方、涼しくなった外気が、俺の顔を撫でる。
俺は小気味よく、我が家のあるLavendarへと足を踏み出していた。

(シンガポール 痛恨の再発編 完結)

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◎あとがき
今週も痔ブログの訪問、ありがとうございます。
私は今、このブログをパリから東京の飛行機の中で書いています。 Over Nightフライトで痔ブログを書いており、CAの方が通るたびに、「ウインドウズ+D」のショートカットを駆使していました。
この記事が皆さんの目に入るときには、私は常磐線に乗りながら千葉の柏を目指していることでしょう。
今日から私は東京に住むことになり、その日に痔ブログも完結する、という記念すべき日になりました。
「君のあな痔が治ったから 痔ュライサード(July 3rd)は アナル記念日」
私は今、そんな心境です。

今回は最終話だったので、勝手にいつもよりもボリュームが多めにしてみました。いかがだったでしょうか?
当初、このブログを始めた目的の
●人々が、痔を恥ずかしがらすに、少しでも話しやすいような世の中にする。
●痔の情報を少しでも流通させて、わからないことからくる不安を減らす。
が、この半年で少しでも達成できていたら幸いです。
アクセスで40万、ユニークユーザーで10万弱訪問いただいたので、およそ柏市民の30%は読んでいただいたことがあるという規模感じでしょうか。(柏市民は30万強)

また、今後の出版に向けては、上記の目的を更に達成できるようなコンテンツを追加、加筆、修正を加えていきたいと思う次第です。
ブログで訪問くださった方にも再度読みたいと思っていただけるような内容にしながら、痔になりやすい女性の方、20-30代の肛門をおざなりにしがちなビジネスマン、病院関係者の方などにもリーチしていけたらベストですね。

この場を借りまして・・・
●最初にきっかけを作ってくださった鈴間さん&石田くん夫妻、友情出演、フィードバック、ソーシャルでのたくさんのシェアをしてくださった茂岡さん、大田さん、朝井さん、加納さん、南川さん、多良見さん、小田さん、岩指さん(一応全員仮名)をはじめとする会社の方々、みなさんありがとうございました。(というか、会社の方のシェアは本当にすごかったです)。
●そして、Twitter, Facebook, mixi, blogなどでシェアをしてくだったり、コメントをくださった方、シンガポールの皆さん(友情出演の杉下さん)、ありがとうございました。みなさんからの感想が書くモチベーションになっていました。また、最近は、「目白にいい病院あるよ」、「芦屋の病院いいよ」、という情報を勝手にいただけるようになりました。時間作って、ぜひ開拓してきたいと思います。

最後に、今後ですが、12月の書籍発売を目指しながら、一部の方からリスクエストあった「外資系ブランドマネージャーの作り方」というコンテンツを準備、開設したいと思います。基本的には、コンプレックスに悩んだ男子校生活、金返せ状態の留学生活、外資系と一切関係ないバイト体験記を、ブランドマーケティングの知識と経験を全く使うことなく、みずみずしく語る予定です。笑  時期などまたtwitterで発表します。

先ほどから、隣の席のイラク人が「何のメールを書いてるんだ?」と興味津々で私のラップトップを覗き込み説明に苦慮しているので、このあたりでペンを置きたいと思います。まずは、今までの半年、ご愛読ありがとうございました。
みなさんの、素晴らしい肛門生活を祈りながら。

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9 Comments

  1. はじめまして。
    シンガポール太郎と申します。
    ゆうさんから色々お話をお聞きしました。
    私もそうなのですが、
    ブログを書いているときは、
    みなが面白がってくれてあれも書け、これも書けと
    言われ、喜ばれるものですから、
    バンバンと個人情報を開示してしまうのですが、
    最近、たまに可愛い女性と知り合ったときとかにも
    『何故、離婚したのですか!』
    とか、
    『息子さんが待っていますから、早く帰って料理しないと!』
    とか言われてしまいます。
    こういった時に、周りは何のサポートもしてくれません。
    書け書けと言うからには、周りの人たちもこういうところも
    サポートして欲しいですよね。
    現実、貴君の場合は、『痔』ですから、
    可愛い女性と話をしても、話題がブログになってしまう限り
    ロマンチックな展開は難しいと思います。
    どんなにハンサムでも話題が痔ではもし一夜の情事が有ったとしても、相手の女性は貴方の手術跡が気になってしまい、
    また痔が再発してはいけないと、ソフトになってしまうと思います。
    でも、それでも、痔である事を惜しみなく開示する。
    この心意気、私も非常に感銘を受けました。
    その美味し過ぎるネタに、俺も痔になりたいと思いました。
    出版された暁には私も一冊購入させていただこうと思います。

  2. 初めまして!
    筆者さんと共通の友人がおり、このブログの話を聞き、読ませていただきました。
    最初から最後まで笑っぱなしで、天才かと思いました!
    私も柏在住で、親近感があり、おもわずコメントしてしまいました。突然すみません。
    いつか、柏で話が聞きたいですo(^▽^)o
    もし、再発したら、我孫子に有名な痔の病院ありますので、ご紹介しますね!

  3. コメントありがとうございます。
    数ヶ月遅れの返事となり申し訳ございません。
    シンガポール太郎さんのことは、シンガポールの同僚から話をうかがっておりました。
    ブログランキングでものすごい活躍をされていたと、私のブログが一瞬でまかれたと、まさにブログ界の神誕生と。
    さて、おっしゃるとおり、シンガポールでは、女性に紹介されるときに「この人、文章がうまいんだよ! 痔だけどね」という紹介を常にされ、「後者いらねぇ」と枕をぬらすのが常でした。
    日本に帰国してからは、極秘にしていたのですが、会社でも漏れ、プライベートでも漏れ、ハムの人並みに、痔の人、になることは間違いないと思われます。 
    帰国後は、立派な社蓄へと成長を遂げたことと引き換えに、出版校正作業が遅れるという、大物作家の悪い部分だけを引き継いだ形となっておりますので、2013年こそ。 そして、ブログ胎動!
    出版の際には、またブログで告知させていただきます。

  4. こんにちは。
    コメントありがとうございます。  ブログは最近見事な放置プレイをしてしまい、返事が遅れましたことお詫びいたします。
    共通の友人! 誰でしょうね。 そっと耳打ちしてください。
    というか、柏在住 笑  私も一週間前は帰省しておりました。  忙しい寝正月の間隙を縫って、肛門科散策をしようとしたのですが、時間がなく。
    あの、もしもよければ、我孫子の病院、教えてもらえませんか?  まだ日本で検査をしておらず。
    では、2013年も我々のおしりが健やかであらんことを!

  5. コメントありがとうございます。
    グッドクエスチョンですね。
    見事に仕事に忙殺という、いけてない理由ランキング不動の一位な理由で、校正が大きく遅れております。しかし、新生活の訪れとともに、皆様にも痔伝が伝われば、と。
    もう少々お待ちくださいませ。
    そして、そろそろ、ブログ胎動の季節かと、そわそわしております。

  6. まもさん
    コメントありがとうございます。
    今日も肛門括約筋に活を入れながら、がんばっております! いや、早くちゃんとした検査に行こうと思うのですが。
    面白かったとおっしゃっていただき光栄です。ぜひ、周囲の皆様にもお勧めください。キーフレーズは「30代の女性の30%は痔らしいよ。元外資系の人が、サイエンティフィックに痔の治療を語ってるらしいよ」、でいきましょう。
    では、2013年、まもさんがいつでも読めるように、出版化が無事にできることを祈りながら。

  7. 数年も前の記事なので作者さんはもう読んでおられないのかもしれませんが、面白い記事をありがとうございます。
    そして1章から読み進めるうちに得も知れぬ手術への不安感への高まりにどうしようかと頭を悩ませた末、この最終章、最後の最後で救われた気がします。
    痔管って自然に塞がること、あるんですね。私も肛門科で痔瘻と判断され、投薬治療を少し行って収まってるようですから経過観察でと言われました。
    しかし別の場所で痔瘻は手術しないと応急処置の応酬となり、いつか癌になって死ぬということを聞き、頭を悩ませておりました。
    ここは先生の処置を信頼しつつ、いつかは起きるかもしれない手術もきっと大丈夫だと信じて生きていきます。
    ためになるブログ、ありがとうございました。

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