◉ 前回までのあらすじ
月曜日、天満駅前のダイコクで、ふんどしを除く入院セットをまとめあげた俺。手術へのカウントダウンがはじまる。
————————————————
俺が手術をする病院に選んだ、大阪北逓信病院。総合病院ではあるものの、肛門専門医8人という陣容。すでに、黒川診療所から俺の肛門データが送られ、手術は木曜ときまっていた。
火曜日、何事もなかったかのようにオフィスに足を踏み入れる。
みんなにとっては365分の1でしかない、梅雨の一日。
しかし、俺は昨日までの俺とは違っていた。
パンツに、パンティーライナーが密かに装着されていたのだ。
腫瘍切除跡から出血は続くものの量はそれほどではない。そんな軽い日には、ウィスパーのパンティーライナー。清潔感がありながらもガーリーな印象をふりまくデザインの個装パックを開くと、中から真っ白なパンティーライナーがあらわれる。神々しさすら感じる。基底部に貼り付ける。そっとパンツを履く。
あぁ、この安心感、筆致に尽くし難い。
男性諸君に、このパンティーライナーの偉大さが伝わらないのがもどかいしい。ちなみに、生まれてから一回も使ったことがなかった「パンティー」という言葉をこんなに連発で使うとは思わなかった。タイピングするだけで頬に紅が走る。
さて、残された時間は、友人への連絡だ。
Gmailでアーカイブされていたメールを、そのまま記載しよう。
◉会社の男性友人にむけて 「私、痔になりまして、検査・手術のため18日から入院になりました。企画いただいたアウティング(注:遠足みたいなもの)も出れず、申し訳ないです」
自分のことだけでなく、先方のことも気づかい、律儀だ。
◉ルームメイトの男性友人にむけて 「痔の完治手術をしないといけなくなっちゃった。で、明後日から入院。来週前半戻る予定です。」
事情の説明、タイミングの報告が過不足ない。コンサイスだ。
◉当時好きだった女性にむけて「足の怪我しました。普通の外科なんで大丈夫なはず。でも腰椎麻酔らしいので、すごい緊張中です。」
見事に足の手術にすり替えだ。ブルシットだ。
このオーディエンスごとに切り替えたメールコミュニケーションほど、俺の人間としての器を雄弁に語るものはない。
<木曜日>
ついに、迎えた6月18日。
大阪北区区役所を横目に見ながら、俺は北逓信病院を目指す。
小ぶりなボストンバッグには、買い揃えた入院セット、がんを克服しツールドフランスを七連覇したランス=アームストロングの自伝、友人のアドバイスで追加招集されたフランス書院文庫、一刻も無駄にせず仕事に復帰できるように会社のPC、が放り込まれていた。
入口のスロープをゆっくりと登りきり、半透明のドアを俺は押し開いた。病院内の空気が俺の顔を撫でた瞬間、俺は悟った。
「こいつら、ただ者じゃねぇ。」
肛門科の前には、すでに10人弱の人々が列をなしている。
誰も一言も発しない、かといってぼんやりしている者なんていない。
緊張感がはりつめる。
この年齢も、性別も、背景も違う俺たちが集まった理由はただ一つ、そう、おしりの手術。
黒澤明監督の七人の侍、野武士との決戦に挑む前のシーンを彷彿させる緊迫感。俺はさながら、志村喬演じる浪人、痔主のリーダーというところか。
ついに、俺の名前が呼ばれる。
はりつめた空気は診療室の中も変わらない。
先生と看護婦二人が、俺を遠巻きに囲む。
「まずはもう一度患部を見て手術法を決めましょう。ベッドの上で横になって下着を下ろしてください」
そうだ、焦ることはない。
患部を見せるのも、もう慣れたものだ。
ベッドに誇らしげに駆け上った俺は、言われなくとも体を「くの字」に折りたたみ、タツノオトシゴのポーズをとる。(第5話 いざ肛門科を参照)
威風堂々、その姿は、今にも天にも駆け上りそうな龍が如くだったと聞く。
ぴんと張り詰めた空気の中、先生の触診がはじまる。
「あぁ、これはわかりやすい、痔ろうですね。」
彼はそのまま、手術法の説明を始めた。
先生「痔ろうの手術法は何種類かあるんで、症状にあわせて選びましょう。まず一つ目の方法は、 開放手術 。これは痔管とよばれる、トンネル部分自体にメスをいれて切り取ることで、痔ろうごとなくします。」
俺「なるほど。悪くない。」
先生「完治しますし、縫合後は比較的早く治るんです。」
俺「その方法で問題ないかと。なにかリスクは?」
先生「痔ろうの部位などにもよりますが、肛門括約筋にメスをいれる、切り取るので肛門機能が低下する可能性があります。」
俺「というと?」
先生「おしりが閉めづらくなることがあります。はい。」
・・・・・・・
それって、リスクというレベルを越えているのでは?
俺の頭では、「閉じない穴は、ただの穴」という、かの有名なセリフが鳴り響いていた。
————————————————–
今週のQ&A
今週もありがとうございました。
先週は著名な方々からのtweetをきっかけに、桁違いのアクセスいただきありがとうございます。こちらシンガポールでも、「あ、君だったんだ、あのブログの作者(笑)」という会話の頻度が上昇しています。全く躊躇するなく、拡散していただいて構いません。
では、今週は、何件かいただいた「若い人も痔になるの?」という質問についてお答えします。
結論からいうと、Yes。 ただ、原因が年齢を重ねてから起きる現象とリンクしていることが多いので、年齢があがってからのほうが確率はあがるようです。
●切れ痔の原因は、便秘が一番多いです。腸内で硬直化した便が、ナイフのように肛門を切り裂きます。排泄に痛みが伴い、余計便秘になり、さらにナイフがその刃を鋭くする、というおしりの悪循環にはまる人も多いと聞きます。
●いぼ痔の原因は、血行の悪化。肛門周囲をはしる静脈などが圧迫されることにより切れたり、うっ血することで、腫れてきます。トイレで本を読むことが趣味の方など、要注意。トイレで本を読むことに耐えるようには、肛門はデザインされていません。ちなみに出産の際にいきむことによりうっ血が起きることも多く、女性の割合も高めです。
●あな痔、言わずとしれたキングの原因は、下痢です。直腸と肛門の境目にある歯状線には通常、菌は入りこまないのですが、肛門に高い負荷をかける下痢の場合は例外。その強いプレッシャーに押され、歯状線の小さなくぼみに細菌が入る、これが痔ろうのスタートです。
つまり、便秘、血行の悪化、下痢が大きな原因。
この三つの症状は30歳を過ぎた人のほうが頻度は多いのですが、若い人とも無縁ではありません。 現に私は2008年、27歳のときに、華々しい痔主デビューを飾りました。そして、手術後からベストな胃腸をキープするために始まった毎日ヤクルトを飲む生活。私の家に必ずストックされているヤクルトを見て、「え、なんでヤクルト?」という友人の方々。「え、あ、味が、好きに決まってるからだろ」って言っていたのは真っ赤な嘘です。ただの予防です(笑)
では、今週もいい一週間を。
「閉じない穴は、ただの穴」の元ネタは、
『紅の豚』の「飛ばない豚は、ただの豚」ですか?
今週も楽しく読ませて頂きました。
丁寧に質問に答えていただき、ありがとうございました!
ヤクルト、買ってきます。笑
>私はぢぬしではないのですがさん
メッセージありがとうございます。
> 「閉じない穴は、ただの穴」の元ネタは、
> 『紅の豚』の「飛ばない豚は、ただの豚」ですか?
まともに質問いただくとちょっと照れてしまうのですが、真似たか真似てないかというと、「紅の豚」をそのまま使わせていただきました!
>しょうへいさん、
お返事ありがとうございます。
> ヤクルト、買ってきます。笑
最近、ヤクルト400が最強、というアドバイスを私もいただきました。胃腸を大切にしてくださいね。若い方ですと、キャッチャー、相撲などの、体を低く構えるスポーツを過度に行うと、痔になりやすいという説もあります。不都合な体に人類はなっているのですね。相撲のしすぎに気をつけてくださいね。
お忙しい中、ご丁寧にご返信いただき
誠にありがとうございます。大変恐縮です。
やはり元ネタは『紅の豚』でしたか。
古き良き時代の飛行機乗りの誇りとロマンを
ギュギュッと濃縮したかのような、
のどかで幸せで愛情に満ちた空気感が
いつまでも心に残る不滅の珠玉作ですね。
私は『スカイ・クロラ』の無情な空中戦も好きです。
皮膚にピリピリとしみるような臨場感がたまりません。
ところで、ひとつ心配なことがございます。
私は最近、スーパーの果物売場でブドウを見かける度に、
みずみずしく甘そうなブドウの一粒一粒が、
「痔」
…に見えてしまいます。
「痔」の一文字が、ハイスピードで脳裏を駆け巡り、
丹誠込めて育てられたであろうブドウの一房が
「痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔」
…に見えてしまうのです。
全国のブドウ農家やフルーツショップの方々から
「痔をマスカットに例えるのはやめて(泣)」と
クレームが出たりしないものでしょうか…?
>私はぢぬしではありませんが様、
> 私は最近、スーパーの果物売場でブドウを見かける度に、
> みずみずしく甘そうなブドウの一粒一粒が、
>
> 「痔」
>
> …に見えてしまいます。
> 「痔」の一文字が、ハイスピードで脳裏を駆け巡り、
> 丹誠込めて育てられたであろうブドウの一房が
>
> 「痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔痔」
さすがですね! 痔を持つものたちに共通する、親指大のものを見ると痔に見えるようになる感覚をもうお持ちになられたのですね。
そろそろ化粧品の「マスカット大にクリームを取り・・・」という説明書きに赤面するようになってきたら、こちら側の仲間入りです!